その名前、大丈夫?商標とドメインで会社名や商品名を守る方法
「愛着のある会社名や商品・サービス名を、他社にパクられた」、「使用準備を進めていた名前が、他社の商標やドメインが理由で急遽没になった」、「知らずに長年使ってきた名前が、実は他社の商標だった」──。
こうしたトラブルは決して珍しいことではなく、どの会社にも起こり得ます。
名前を守ることは、事業を守ることと直結しています。規模の小さい中小企業にとっては、会社を守ることといっても過言ではありません。
しかし、「商標登録していれば安心」「ドメインを押さえていれば大丈夫」と考えるのは誤解です。
実際には、商標とドメインはそれぞれ別の制度であり、両方をセットで考えることが欠かせません。
本記事では、商標とドメインが会社名や商品・サービス名にどのような影響を与えるのか、実際のトラブル事例も交えながら、中小企業が最低限押さえるべきポイントを整理します。
名前を守ることの重要性
会社名や商品・サービス名は、単なる「呼び名」ではありません。顧客との接点であり、信頼を積み重ねるための大切な資産です。中小企業にとっては、営業活動や口コミで広まっていくその名前こそが、会社の存在を支える柱になります。
しかし、どんなに優れた技術やサービスを持っていても、名前を守れなければ次のようなリスクが生じます。
- 他社に先取りされる
せっかく考えた名前が、他社に先に商標やドメインを押さえられ、利用できなくなる。 - 模倣される
登録をしていないと、他社が似たような名前を使い始めても止めさせることが難しい。結果として顧客が混同し、商機を奪われたり、他社の商品・サービスが悪くても自社の信用が下がったりする。 - 長年の努力が水の泡に
知らずに使い続けてきた名前が他社の商標だとわかった場合、突然使用中止や損害賠償請求を迫られることもある。
こうしたリスクは、会社の規模が小さいほどダメージが大きくなります。大企業なら名称変更や広告で立て直すこともできますが、中小企業にとっては、一度築いた信用や販路を失うことは致命的になりかねません。
だからこそ、会社名や商品・サービス名は「考える」で終わらせず「守る」ための活動が必要です。そのための基本手段が、商標登録とドメイン取得なのです。
商標で名前を守る
商標の役割とメリット
商標は、商品やサービスの「目印」に独占的な使用権を与える制度です。登録すると、指定した商品やサービスの範囲で全国的に効力が及びます。
商標を取ることで得られる代表的なメリットは次のとおりです。
- 模倣を防ぎ、信用を守る
- 顧客の混同を防ぐ
- 会社や商品のブランドを育てる土台になる
商号と商標の違い
ここで注意したいのが、「商号(会社名)」と「商標」は別物だという点です。
- 商号(会社名):登記上の名称。他の会社と同一の商号は同一住所では使えないが、全国的に独占できるわけではない。
- 商標:商品・サービスに使う名称やロゴを守る権利。登録すれば全国的に独占的に使用できる。
つまり、登記している会社名であっても、商標として使えば商標権侵害の対象になり得るし、逆に商号だけでは他社が同じ名前で商品を販売するのを防げません。
会社名を商標登録する意味
商標は、商品やサービスの「目印」が対象と説明しましたが、何も商品名やサービス名でなければ商標登録できないわけではありません。むしろ、ほとんどのケースでは、会社名を商標登録することは必須に近いです。
- 会社名そのものが営業活動で使われている場合(例:「○○工業」のネームバリューで取引)
- 会社名を商品やサービスの名称として使う場合(例:飲食店チェーンや製造業のブランド展開)
こうしたケースでは、商号登記だけでは不十分であり、商標登録しておくことで他社に同名の看板やサービス名を使われないようにできます。
事例|モンシュシュ事件(堂島ロール)
洋菓子メーカーのゴンチャロフ製菓は、「MONCHOUCHOU/モンシュシュ」という商標を菓子類について登録していました。
一方、大阪の洋菓子店「モンシュシュ」は、自社の人気商品「堂島ロール」を販売する際に、商品パッケージや広告に店舗名・会社名として「モンシュシュ」を付記しており、これが商標権侵害にあたるとして訴訟となりました。
裁判所は、店舗名や商号であっても顧客に対して商品・サービスの出所を示す役割を果たす場合には「商標的使用」にあたると判断。商標権侵害を認め、使用差止めや標章の抹消に加えて、損害賠償の支払いも命じました。
「堂島ロール」は大ヒット商品となっていましたが、そのブランド名を支える「モンシュシュ」の使用が制限されたことで、会社は最終的に「モンシェール」へ改称しています。
この事例は、たとえ自社の商号であっても、登録商標と重なれば使えなくなり、さらに金銭的な負担まで生じ得る ことを示す代表例です。
他人の商標を侵害しないために
自社が知らずに他人の商標を使ってしまえば、差止請求や損害賠償を受けるリスクがあります。
- 調査方法:特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)で無料検索が可能。
- チェックポイント:同一だけでなく、読み方や意味が似ていないかも確認する。
まずは「使いたい名前が他人のものではないか」を確認することが、商標を考える第一歩です。
ドメインで名前を守る
ドメインの役割とメリット
ドメインは、インターネット上の「住所」にあたる存在です。
顧客がWebサイトを訪れる際の入口であり、会社やサービスの信頼性に直結します。
ドメインを取得するメリットは次のとおりです。
- ネット上での独自性を確保できる
同じ名前のサイトが複数存在すると混乱を招きますが、独自ドメインを持つことで差別化ができます。 - 検索やアクセスで有利になる
覚えやすいドメインは、顧客が迷わずたどり着ける入口になります。 - 信頼感を高める
独自ドメインのメールアドレスやWebサイトは、顧客や取引先に「きちんとした会社」という印象を与えます。
ドメインの注意点
- 早い者勝ち:基本的に先に登録した人が権利を持つ仕組みで、後から同じ名前を取ることはできません。
- 更新忘れのリスク:更新を怠ると失効し、第三者に取られてしまうことがあります。
- 商標とは別制度:ドメインを持っていても、商標を登録していなければ名称を商品やサービスに使用することを法的に独占できません。
事例:ゼニアのドメイン紛争
高級ブランド「エルメネジルド・ゼニア(Ermenegildo Zegna)」は、日本向けの「ermenegildozegna.jp」ドメインを第三者に先取りされてしまいました。
ゼニアはJPドメイン名紛争処理(JP-DRP)で取り戻しましたが、そのために手続きとコストが発生しました。
この事例は、有名企業であってもドメインを押さえていなければ他人に取られてしまうこと、後から取り返すには手間やコストがかかることを示しています。
本事例の裁定全文を読みたい方はこちら↗
他人のドメインを侵害しないために
ドメインは「早い者勝ち」の仕組みなので、同じTLD(.jp / .com / .net などのトップレベルドメイン)で同じ文字列を後から登録することはできません。
例えば「company.jp」がすでに取得されていれば、別の人が「company.jp」を取ることは不可能です。
ただし、TLDが異なれば登録できるため、空いている別ドメインを取得することは可能です。
とはいえ、後章で触れるように「他人の商標と衝突するドメイン」を取得・使用すると法的リスクがあるため、単に「空いている」だけで安心してはいけません。
商標とドメインが衝突する時
ここまで見てきたように、商標とドメインはいずれも「名前を守る」という機能を持っています。
しかし、制度の仕組みや効力の範囲は大きく異なり、そのため両者が衝突することがあります。
本章では、商標とドメインがぶつかったときに起きる影響について解説します。
商標権者からの差止・損害賠償リスク
他社の登録商標と同一または類似の名称をドメインとして取得・使用すると、たとえ「自社サイト用」であっても商標的使用とみなされる可能性があります。
実際に、「Career-Japan」事件では、被告サイトに「Careerjapan.jpは日本で働きたい外国人を応援します」と掲げ、外国人留学生向けに求人情報や企業情報を提供していました。
裁判所は、この使い方が単なるドメイン名の表示ではなく、サービスの出所を示す標識として機能していたと認定。結果として商標権侵害を認め、使用差止や損害賠償を命じました。
この事例は、ドメインの利用であっても、実際の使い方次第で商標侵害に該当することを示しています。
ドメイン紛争処理による回収
逆に、他社が自社の登録商標を含むドメインを先取りしていた場合、JPドメイン名紛争処理(JP-DRP) や 国際的な統一ドメイン名紛争処理(UDRP) によって取り戻せる可能性があります。
ただし、回収には時間やコストがかかり、事業立ち上げやブランディングの足かせになりかねません。
(→第3章で紹介したゼニアの事例がその典型例です。)
商標とドメインは「車の両輪」
- 商標だけ押さえても、ドメインを他社に先取りされればネット集客で不利になる。
- ドメインだけ押さえても、他人に商標を取られれば商品名・サービス名として使えなくなるし、ドメインを取り上げられるリスクもある。
つまり、商標とドメインは「車の両輪」 です。
どちらか片方だけでは不十分で、両方をセットで確保することが、安定した事業運営の前提となります。
実務で最低限押さえるべきこと
ここまで見てきたように、商標とドメインは名前を守るための「車の両輪」です。
では実際に会社名や商品・サービス名を決めるとき、最低限どんな行動を取ればよいのでしょうか。
会社名を決めるとき
- 候補名が決まったら、商標(J-PlatPat)検索と主要ドメイン(.jpや.comなど)の空き確認を同時に行う
→ J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)で、同じ名前や似た名前がすでに登録・出願されていないかを検索する。
→ ドメイン登録サービス(例えば、お名前.com、ムームードメイン、さくらインターネットなど)で、候補名に対応する.jpや.comが空いているかを確認する。 - 両方とも問題がなければ、商標出願とドメイン取得をセットで進める。
- 💡 注意点
他社の商標やドメインが存在しないからといって安心するのではなく、自社で積極的に権利を取ることが重要です。
商標は「早い者勝ち」で出願順に権利が与えられ、ドメインも先に取得した人に優先権があります。
「空いているから大丈夫」と放置すれば、後から第三者に先取りされ、結局自社が使えなくなるリスクがあります。
- 💡 注意点
- 余裕があれば、防衛的に他のドメイン(.net等)も押さえておくと安心。
新商品・サービス名を決めるとき
- まず、会社ドメインとは別に、商品・サービスの独自ドメインが必要かどうかを事業戦略に応じて判断する。
- 独自ドメインが必要な場合:
会社名と同じく「商標+主要ドメイン」を確保する。 - 独自ドメインが不要な場合
商標調査を行い、商標を確保する。
ウェブ上は会社ドメインのサブページで運用すればよいので、追加のドメイン確認は不要。
- 独自ドメインが必要な場合:
👉 このように「商標とドメインを同時に確認・確保する」ことを習慣化すれば、後から大きなトラブルに巻き込まれるリスクを大きく減らすことができます。
さいごに:名前を守るには商標とドメインをセットで
中小企業にとって、会社名や商品・サービス名は大切な資産です。
しかし、他社に先に商標を取られたり、ドメインを押さえられてしまうと、せっかくの名前が使えなくなったり、思わぬトラブルに巻き込まれるリスクがあります。
今回見てきたように、
- 商標は「名前等を商品・サービスに独占的に使える法的権利」であり、模倣を防いだり信用を育てる働きがある。
- ドメインは「インターネット上の住所」であり、Webを使った事業活動には欠かせない。
- どちらも基本的に早い者勝ち(※商標は実体審査あり)のため、後回しにすると他社に取られてしまう危険がある。
- どちらか一方だけでは不十分で、両方を揃えて初めて安心できる。
実際の事例でも、商標を軽視してトラブルになったり、ドメインを奪われて大きなコストを払って取り戻した例がありました。
だからこそ、新しい名前を考えるときは「商標とドメインを同時に確認し、直ちに確保する」ことが重要です。
商標とドメインは制度としては別々ですが、事業にとっては二つで一つ。
名前を守ることは、会社そのものを守ることにつながります。
本記事の執筆者
朝倉とやまコンサルティング事務所の代表・朝倉傑が本記事を執筆しました。
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